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ケンシロウ日記

うらしまたろう伝説4

カテゴリー:
  • 2023年04月23日

久々にこの話に戻って参りました。

 

「うらしまたろう」という、いわばメジャーな内容と、

ウラシマケンシロウという個人的な話になっていて、

ご興味ない方にとっては、どうでも良い事かも知れません。

 

前回、ルーツは神奈川県にある「浦島伝説」に基づかず、

外にある、というお話で横道に逸れてしまったと思います。

 

私の祖父は、両親や祖母の話をそのままに受け取ると、

北海道の出身と聞いていました。

祖父は、父が3歳の時に享年33歳で亡くなっている、

と聞いており・・・私自身も生まれた時は、祖父は

いないので、直接聞きようがありません。

 

何やら、「浦島」家に祖父は養子として迎えられた、

父が3歳の時に亡くなった、祖母はその段階で、

籍を外されて、父の親権も得られず、やがて再婚した、

ということもあってか、祖母はあまり語りたがらず・・・

 

その祖母から、いつの日か聞いたのが、

「おじいさんは、旭川の病院の子供だった」ということだけ。

 

父も自身の父親の記憶がほぼなく、また母の温もりもない

親戚の家に育ったためか、父親の出自については興味が

なかったのか・・・

 

なんか個人的な話に終始して、申し訳ありません。

 

という訳で、私自身も仕事柄、もっと早く調べようと思えば、

調べられたと思いますが、社会に出てから仕事に集中し、

やがて結婚、子供が生まれ、成長し、やがて自身の離婚後、

両親が続けて他界し・・・しばらく独身生活が続き、

やがて再婚、と目まぐるしく、この件からは遠ざかっていました。

 

にわかに祖父の件を知りたくなったのは、この春から

長女が積年の夢が叶い、学芸員としての就職先が、

北海道立の美術館。

 

大学院卒業後、地元の市役所に勤務すること約10年、

そろそろ係長のポストに、というタイミングで、

北海道が学芸員を若干名募集することになったらしく、

応募して、狭き門をくぐったとのこと・・・

 

産まれてから、大学の4年間を除けば、ずっと母親の元を

離れずに暮らしていた娘が(次女は既に結婚、子育て中)、

遥か、1,200km以上も離れ、温暖な鎌倉から寒冷な

北海道へ、親戚も誰もいない・・・(これ父親目線?)

 

ん?親戚も・・・「おじいさん(ひいおじいさん)、

北海道出身じゃん!」 と思いつきましたが、

そもそも浦島家の養子となったのであれば、旧姓は

何ていうのだろう?そんなことも誰も教えてくれなかったし、

知らなかったのかもしれない・・・

 

で、このことをきっかけに、所謂戸籍の遡りをしてみようと

考えました。

そこで、高校の同級生で親友の※司法書士にアドバイスを受けて、

地元市役所で父親の戸籍除票、そこからその先(東京)の除票、

祖父の除票と進み、旧姓と出生地を探し当てました。

 

※辻堂に事務所があります。湘南支所に歩いて行ける(辻堂駅南口ですが)

場所ですので、登記に関するご相談があれば、ご紹介しますよ(笑)

 

 

出生地は、道東エリアの東 やはり海のそば(関係ないのかも知れませんが)。

(旭川じゃなかったし笑笑)

 

祖父の出自は、うらしまたろう ならぬ、アイヌ人のDNA? もしかすると

北方からきたかも知れない露西亜人のDNAも?

(写真が1枚だけ残っていて、なんとなくそんな感じがするんです)

 

私の祖父が生まれたのは、明治時代、既に100年以上の時が流れ、

生家も実の親族も、残ってはいないと思われます。

 

娘には、仕事にも慣れ、休日、休暇に道内を廻るようなことがあれば、

曾祖父の、大好きだった祖父の、父の、更に自身のルーツを尋ねてみては?

 

と、そのうちゆっくり伝えようと想います。

 

北海道、行きたいですね!

 

by ケンシロウ

 

 

 

 

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浦島 賢志郎

浦島 賢志郎
業界暦38年
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