という言葉を、未だに耳にすることがあります。
じゃあ何処なのよ?と返すと、
えっ?大船市?じゃなかったら横浜市?
いえいえ、正真正銘 か・ま・く・ら・市ぃ~ です!
大船のシンボル 大船観音様
そして大船駅発 江ノ島まで13分の湘南モノレール
というお話になると、ちょっと微妙だよね?
大船駅、一番端っこの「笠間口」って、横浜市栄区でしょ?
ということおっしゃる方もいらっしゃいます。
ではでは、「時を戻そう!」(ん?最近どこかで聞いたセリフ)
昔々、鎌倉市は色々な町や村が合併してできました。
まあ、これはどこの地域でも通ってきた道ですね。
(むかし、むかし うらしまは~♪)
更に昔々鎌倉市の基になる、鎌倉郡という行政が存在していました。
当然そのころは、横浜市もなければ逗子市もありません。
何と、鎌倉郡に属する範囲は、現在の鎌倉市を形成する町は勿論、
今の横浜市戸塚区、栄区、泉区、瀬谷区、港南区の一部や
藤沢市の片瀬、江の島、大鋸や柄沢などなど、
広範囲に渡っておりました。
なので、大雑把に言うと、それこそ戸塚などは鎌倉だったわけです。
ですから、戸塚の手前大船なんぞは、余裕で鎌倉だったわけです。
仕事柄、まだ不動産の登記簿がオンライン化前の頃、
古い表記のまま残った「鎌倉郡戸塚町字なんとか」という
ものも目にしたことがあります。
やがて、東鎌倉村と西鎌倉村が合併、鎌倉町になり
同様の合併で出来た、腰越町と鎌倉町が合併し、鎌倉市が誕生。
深沢村などが鎌倉町に編入、最終的に大船町が鎌倉市に編入され、
鎌倉郡は消滅したという、お話です。
残念ながら(残念か?)戸塚は横浜に取られ、
片瀬、江の島は藤沢に取られ、当時の権力闘争があったことが(?)
伺えます。
ここで気になるのは、お隣の逗子市ですが、こちらは残念(か?)
ながら、鎌倉郡ではなく、そうご存知の「三浦郡」。
「三浦郡田越村」がルーツとなるようです。
一時は、横須賀市に編入されていて、その後逗子市として独立した
ようです。
こちらは、独立運動(革命?)に勝利したのではないでしょうか?
物理的には「時」は戻せませんが、人の記憶、記録を
こうして紐解くのも、秋の夜長の楽しみとしては
如何でしょうか?
by ケンシロウ
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